ぬるっとゲームプレー

良いと思ったゲームを紹介していきます。

Doki Doki Literature Club! 感想

先日クリアした「Doki Doki Literature Club!」に関して、感想を綴っていきます。 非常に心に突き刺さり、考えを巡らせる場面の多いゲームでしたので新鮮なうちに残しておきたいなと思いました。

下記にご注意ください。

  • 激しくネタバレ注意です。未クリアの方は絶対に読まないでください。
    • ゲームの紹介は こちら ※ネタバレ無し
    • スタッフロールを見た=クリアという認識です。
  • いわゆる考察記事というやつではないです。感想を纏まりごとに書いていきます。
  • 長くなってしまいました。許して。

それではどうぞ。

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これ以降はネタバレ注意です

文芸部としての日々(一周目)

プレイし始めの最初は、つまらない、どこでどんでん返しが来るんだ?という具合で遊んでいた。 しかしゲームを続けているうちに文芸部員の詩的な表現や閲覧時のBGMの繊細な変化が本当に心地よくて、楽しいまま時計の針が止まったような感覚になっていた。 一周目が終わってからの心苦しさ、喪失感、虚無感、この辺りは一周目の短くとも楽しかった日々があったからだよなと思う。

サヨリの最終日の詩

「わたしのあたまからでていけ」というフレーズは自身の鬱や自殺してしまう考えに対しての最後の抵抗だと思っているが、 一方で(認知していなくとも)自分のスクリプトを改ざんしたモニカに対しての言葉にも取れて本当に辛い。 二周目のユリのときもそうだが、明らかに普段の自分と違うことを認識しつつもそれが何故だか分からない、怖いという状況が本当に不憫でならなかった。

サヨリと二周目最初の「特別な詩」

ゲーム二周以降の要所要所でランダムな内容の「特別な詩」が見れるが、皆さんが二周目開始で一番最初に見た詩は何だったろうか。

私は「あいしてる」だった。一周目で私はユリを攻略していた、鬱を打ち明けられたサヨリに告白されたとき、 私は同情の愛が彼女の負担になるように感じて「親友だ」としか返せなかった。結果サヨリは自殺してしまった。そこに「あいしてる」の詩。

私はサヨリの残留思念が語りかけてきたようにしか見えなくて、酷く苦しくなった。 サヨリの失った世界でギリギリのバランスで成り立っている文芸部、サヨリの代わりに副部長を務めるユリがいる。 私が愛していたユリはサヨリがいたはずの世界とそうでない今に挟まれてどんどん狂っていく。一人で苦しみぬいたサヨリがユリに取り憑いて私に復讐しているとしか思えなかった。

「あいしてる」の詩に関して二周目の「バグ」に関して、モニカの仕業だという事はクリアしてこそ理解できるのだが、二周目をプレイしていた最中にはサヨリの影を感じずにはいられなかった。

その他気になったこと

二周目「死亡したユリが語りかけてくる内容」

告白イベントのあと月曜日の朝まで、死んでしまったユリは絶え間なく語りかける、意味不明の文字列で。
あれらの文字列は何だったのか、愛が焼き切れてしまったユリの一方的な妄言なのか、本来二人でするはずだった文化祭の準備の会話が壊れてしまったのか。

副部長

偶然にもモニカに殺された人物は全員副部長だった。モニカが「副部長」だったときは..あるのだろうか?

ゲームとしての感想

あらゆる選択肢がプレイヤーから何かを奪うような内容になっていて与えられるのは苦しみだけ、 個人的にはLISAに通ずるところがあるゲームだと思いました。(私がLISA好きだからなだけかもしれないけど)

これは持論なんですが、ゲームは文章・映像・音楽・プレイヤーの選択の四次元で構成される芸術だと思っていて、 DDLCはどの要素も素晴らしいですが中でも「プレイヤーの選択」をどうさせるかという部分が本当によく考えられているなぁと思いました。本当に素晴らしいです。

ゲームの終わり方も、物凄く悲しいけれどもあの形で終わるしかなくて納得させられるし良いと思います。 モニカも言っていたけど、そこより先は二次創作で救ってあげるのが良いんじゃないかな。

あと一言、このゲームこってりしすぎです。クリア後にダメージがすごい。胸焼け気味です。。


これで以上になります!長文でしたが読んでいただきありがとうございます。